このところ梅雨の様な?天気が続きました。
今年は空梅雨なのでしょうか?
かぐや姫で「♪妹」という曲がありますが、昨夜Youtube見ていたら勝手に懐メロが始まりました。
この梅雨の時期に「♪妹」を聞くとあの時の事を思い出します。
なにか?
高校一年になって欲しかった一眼レフカメラを親にねだりましたが買ってくれる訳もなく自力で買おうと、6月から新聞配達を始めました。
朝4時半に起きて7時過ぎまで自転車で配達をしてそれから学校へ通いました。
その時、小型のトランジスタラジオを聞きながら自転車を漕いでいる時に何時も流れて来たのはこの「妹」やロバータフラックの「優しく歌って」の曲でした。
夏頃にはグレープの「精霊流し」ですかね。
自分は末っ子だったので妹はいませんが、兄になった気分で口ずさみながら配達していました。
結局半年間新聞配達をしましたが、8万円しか稼げず冬至に向け朝4時半起きが辛くなって来た時に、母が「もう分かったからいいから不足分は出してあげるからバイトはやめなさい」と云い出し、その辛い早起きに終止符が打たれ、当時12万円のカメラを手に入れる事が出来ました。
それがこの「NikonF2」です。

今ではディジタル時代になって使う事はありませんが、30年以上も使い続けたこの名機を手にすると数々の記憶が想い出されます。
高校時代には天文同好会会長を務め写真クラブにも所属していたので天体写真もこのカメラで撮り、フィルム現像も自分の意図した増感現像を行うため自分でやっていました。
当時はモノクロはトライX、カラーはポジフィルムの富士クローム100が主流でした。
それからしばらくしてからカラーのネガフィルムにもISO800の発色と粒状性の良い高感度フィルムが富士フィルムから出されてカラーネガフィルムの全盛期が訪れました。
重要な星像のピント合わせに大活躍したのは高倍率ファインダー
そう、NikonFシリーズはファインダーが着脱出来たんです。

マット面も着脱出来て、星像のピント具合を見易い状態に出来るマットに交換して、ファインダーを交換すれば無敵の正確なピント合わせのできるカメラにできました。

レンズは50mmF1.2と105mmF2.8の2本だけでしたが、それでも家族の写真や様々なジャンルの写真や天体写真を撮って来ました。
高校時代には風景写真や動物愛護写真等で地元新聞社主催のコンクールに何度か入選をして、天体写真も天文ガイドに載りました。
結婚をして間もなく高橋FC-76Eというフローライトレンズの赤道儀望遠鏡を買って更に星の写真を沢山撮るようになりましたが、それでもアナログの世界ですから大変な苦労と技術とノウハウが必要で、それを克服するのが一つの楽しみでもありました。
なにせ、フィルムを現像してみない限りピントの甘さや露出の適正さ、ブレなどその場では確認しようがありませんからね。
しかも一本のフィルムで最大で36枚しか撮れないので一枚一枚に魂を込める訳です。
全ては自分の経験則から来る感と自信で撮っている様なものです。
10年以上前に最後に買った富士フィルムのASA800のネガフィルムやエクタクロームE200等のフィルムも使わず残ってる物が数本あります。
今使っても発色がどうなるかは分かりませんね。

軍用機と云われるくらい頑丈に出来たカメラで、戦争カメラマンなども皆このカメラでしたが、とにかく鉄の塊の様に重いです。
修理は過去一度だけミラーが上がった時の緩衝材であるスポンジが劣化して交換してもらっただけです。
ディジタルの世界になった昨今、あまりにも簡単に写せるようになってしまうと、逆に面白味がなくなってしまいましたが、フィルムで培った感と自信はディジタルでも通用します。
でも、辛い新聞配達をして手に入れたこのカメラを持つとまた「何かを撮りたい」と思う気持ちが湧いてきます。
今でもこの季節に「♪妹よふすま一枚・・・」を聞くとたまらなくこのカメラを手に構えてみたくなり、収納箱から取り出してみました。
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